こんにちは、Dr.シェパードです。毎週木曜日は論文の日!です。
今回話題とするのは医者として働いている方は一度は聞いたことがあるかもしれません、「アドトラ」という呪文。
研修医になりたての頃はなんのこっちゃという用語ですが、出血系の疾患における治療の一つとして慣例的によく用いているので遭遇率は高いかと思います。
正式には「®アドナ(カルバゾクロムスルホン酸ナトリウム)+®トランサミン(トラネキサム酸)」を用いた治療のことで点滴や内服があります。トラネキサム酸は出血の際によく用いたり、咽頭痛でも使用したりと名前を知っていることが多いかもしれませんが、カルバゾクロム酸ナトリウムは臨床に出て初めて聞く方も多かったのでは無いでしょうか。
そして、「効果はないんだけど一応やっておくか」なんて言われることもあったりして何故投与しているのか不思議でならないのでは無いでしょうか。
今回の論文はカルバゾクロムスルホン酸ナトリウムの大腸憩室出血に対する効果についての傾向スコアマッチングによる解析です(Yuki M, et al. Intern med 59: 1789-1794, 2020)。これを皮切りに有効性を探っていきます。
Abstract
Object
カルバゾクロムスルホン酸ナトリウム(CSS)は出血によく用いられてきている。しかしながら、消化管出血に対しての有効性に関しての研究はない。今回大腸憩室出血における有効性について調べた。
Methods
日本版のDiagnosis Procedure Combination入院データベースを用いて、全国規模の観察研究を行った。2010年7月から2018年3月までに憩室出血で入院した患者を特定し、入院当日にカルバゾクロムスルホン酸ナトリウムを受けた患者をCSS群とし受けていない患者を対照群とした。腫瘍アウトカムは院内死亡率とした。副次的アウトカムは入院期間、総費用、入院後7日以内の輸血とした。傾向スコアマッチング解析を行い、2群間の転帰を比較した。
Results
合計59,965人の患者が適格基準を満たしていた。そのうち14,437人(24%)の患者が入院当日にCSSを受けた。1対1の傾向スコアマッチングにより14,379組のマッチングが行われた。院内死亡率に有意差はなかった(それぞれ0.6% vs 0.5%、オッズ比: 0.96、95%信頼区間: 0.72-1.29)。在院日数はCSS群が対照群よりも長かった(それぞれ11.4日対11.0日、差。0.44;95%信頼区間:0.14-0.73)。総費用や輸血を受けた患者の割合には、両群間で有意な差はなかった。
Conclusion
大腸憩室出血患者においてカルバゾクロムスルホン酸ナトリウムは院内死亡率、在院日数、総費用、輸血の必要性を減少させない可能性がある。
一言
カルバゾクロムスルホン酸ナトリウムは実際には詳細な作用機序が明らかにはなっておらず、血管壁を強化・補強ということで説明されています(J Aneth. 1995; 9: 32-35やJ Clin Pharmacol. 2015; 55: 601-602)。そういった不明瞭性から推察されるように実際に効果はあまり見られないのかもしれません。
一方でトラネキサム酸は外傷の臨床試験で早期投与の有効性が報告されたり(CRASH-2試験 Lancet. 2010. Jul 3; 376(9734); 23-32、Lancet. 2011. Mar 26; 377(9771): 1101.e1-2、CRASH-3試験 Lancet 2019; 394: 1713-1723)、鼻出血において局所に含浸ガーゼを使用したり(Academic Emergency Medicine. 2018 Mar; 25(3): 261-266)、喀血に対して死亡率を低下する(Crit Care. 2019 Nov 6; 23(1): 347)など様々な分野での報告があり、対象次第では有効な印象です。しかし上部消化管出血に対しては否定的な結果がでておりむしろ有害事象が増えたと報告されています(Lancet 2020; 395: 1927-36)。
そのため、消化管出血に対してルーチンに”アドトラ”を使用するのは意味が無いばかりか、余計な合併症を増やす可能性もありますので対象を考慮すべきかもしれません。結局は’おまじない’の域をでない治療と消化器分野では言えますが、有効な疾患があることは気に留めておきましょう。
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