論文紹介:アストラゼネカ社製の新型コロナウイルスワクチンによる血栓症・血小板減少症(VITT/VIPIT/TTS)について NEJMなどから

こんにちはDr.シェパードです。

論文紹介第3弾は複数の論文から、アストラゼネカ社製ワクチン(ChAdOx1)による血栓症・血小板減少症についてのまとめです。

アストラゼネカ社製の新型コロナウイルスワクチンは現在ワクチン接種が進んでいるファイザー/バイオンテック社製、モデルナ製のmRNAワクチンとは異なり、アデノウイルスベクターワクチンというタイプです。

詳しくはこちら↓でも紹介しています。

そして使用許可がでて少しして衝撃の報告があったのが2021年2月頃でした。接種した女性看護師が全身性の血栓症や血小板減少症で亡くなられました。その後、同様の症例が報告されるようになり、目下原因を研究中ですが少しずつ報告があがってきています。それらを少しずつまとめます。

この現象の病名は未だ統一したものがなく、VITT(Vaccine Induced immune Thrombotic Thrombocytopenia)やVIPIT(Vaccine-Induced Prothrombotic Immune Thrombocytopenia)、TTS(Thrombotic Thrombocytopenia Syndrome)など使われる用語がまちまちです。

Dr.シェパード

今回の大規模接種および職域接種でのモデルナ社やファイザー/バイオンテック社の供給不足を受けて使用される可能性のあるワクチンとなりました。その気になる副反応の一つを紹介します。

追記1:日本血栓止血学会よりアストラゼネカ製ワクチン接種後の血小板減少を伴う血栓症に対する診断と治療の手引き 第2版が公開されました。今後もアップデートされていく可能性があり、逐次見ていきましょう。(アストラゼネカ社COVID-19 ワクチン接種後の血小板減少症を伴う血栓症の診断と治療の手引き・第2版について

目次

ポイント

  1. アストラゼネカ社製の新型コロナワクチンはアデノウイルスベクターワクチンでファイザー/バイオンテックやモデルナによるワクチンとは異なる種類で、このタイプではかなり少数ながらも血栓症・血小板減少症の報告がある。
  2. 具体的な原因は現時点(2021年6月)では不明だが、既知の疾患で似た病態があり関係していると考えられている。
  3. 病態としてはHIT(ヘパリン起因性血小板減少症)で原因となるHIT抗体(血小板第4因子・ヘパリン複合体に対する抗体)が原因の可能性があることがわかった
  4. 治療では非ヘパリン系の抗凝固薬や免疫グロブリンの使用を検討することが考えられている。
  5. あくまで個人の見解では若年女性、血栓リスクある方には避けたい

そもそもヘパリン起因性血小板減少症(HIT)とは

ヘパリンにより血小板が活性化されることにより血小板減少と血栓塞栓性疾患を発症する病態です。

一般的にはヘパリン関連の血小板減少症は2型に分類されます。1型HITは免疫学的機序によらない血小板凝集の増強作用によるものでヘパリン投与後2日以内に発症し、血栓症合併リスクは少なく約10%の頻度とされ、HITと区別するためHATと略されることもあります。

2型はいわゆるHITのことで約0.5-5%とされる。血小板第4因子(PF4)とヘパリン複合体に対する抗体(HIT抗体)が中心的役割を示し、通常ヘパリン投与後5-10日ころに発症し、中止して4-14日で回復することが多いです。

臨床的には4T’s scoreがあり、スコアによりHITを疑うかどうかを判断することが多いです。

血栓止血誌 19(2) : 191~194, 2008より

Dr.シェパード

ヘパリン投与時に監視するのはAPTTだけではなくて血小板も必ずするようにしましょうね。

アストラゼネカ社の新型コロナウイルスワクチン接種後の血栓性血小板減少症:NEJM

A. Greinacher. NEJM. 2021; 384: 2092-2101

NEJMオンライン版に4月9日に掲載された報告で、ドイツのグライフスヴァルト大学の調査でChAdOx1を接種し血栓症または血小板減少症を発症した症例11例で検討した結果の報告です。

11例のうち9例は女性で年齢中央値は36歳、ワクチン接種後の5-16日後から致命的な頭蓋内出血を呈した1例を除いて、1つ以上の血栓症イベントが発生した。1つ以上の血栓イベントを呈した患者のうち、9例は脳静脈血栓症、3例は内臓静脈血栓症、3例は肺塞栓症、4例はその他の血栓症を発症した。

6例が死亡し、5例は播種性血管内凝固症候群だったが、いずれも症状出現前のヘパリン投与はなかった。

HIT抗体陽性の28件の検査前例でヘパリンとは関係なくPF4の存在下、血小板活性化を示した。この活性化は高濃度ヘパリン、FcRレセプターブロッキングモノクローナル抗体および免疫グロブリン(10mg/ml)によって阻害された。

2例を対象としたPF4またはPF4-ヘパリン抗原アフィニティー精製された抗体を用いた追加研究ではPF4とは関係なく血小板の活性化が確認された。

アストラゼネカ社の新型コロナウイルスワクチン接種後のPF4抗体:NEJM

Scully M, et al. NEJM. 2021; 384: 2202-11

ChAdOx1新型コロナウイルスワクチン接種後6-24日の期間に血栓症と血小板減少症(ワクチン誘発性免疫性血栓性血小板減少症: VITT)を発症した症例を検討した。

23例が登録され、平均年齢は46歳(21-77歳)、16例(70%)が50歳未満で、14例(61%)が女性であった。深部静脈血栓症の既往がある1例と配合経口避妊薬を服用している1例を除き、血栓症を引き起こす可能性のある病態や薬剤の使用歴のある患者はいなかった。

全例が血栓症と血小板減少症の発症前6-24日(中央値12日)にChAdOx1の1回目の接種を受けていた。23例中22例が急性血小板減少症を伴う血栓症(主に脳静脈血栓症)で、残り1例で孤立性の血小板減少症を伴う出血性症状を認めた。

全例がPCR法でSARS-CoV-2陰性であり、血清学的検査用の抗体が得られた10例でいずれもヌクレオカプシドタンパク質に対する抗体が陰性であり、SARS-CoV-2に暴露された可能性は低いと考えられrた。全例で発症時のフィブリノゲンは低-正常値でDダイマー値は急性血栓塞栓症患者で予測される値より大きく上昇していた。血栓性素因やその原因となる前駆的要因の証拠はなかった。

全例でヘパリンベースの治療の施行前に採取された検体を用いでELISA法によるPF4に対する抗体検査が実施され、23英中22例が陽性、1例は陰性であった。ヘパリン起因性血小板減少症の検査を受けた9例は全例が陰性だった。

これらの結果から、治療に関しては血栓症症状の進行リスクがあるため血小板輸血治療は回避し、初回発現時には非ヘパリン系抗凝固薬と免疫グロブリン静注を検討することが推奨されるという結論であった。

アストラゼネカ社の新型コロナウイルスワクチンで血小板減少症を伴う血栓症の共通点:NEJM

Schultz NH, et al. NEJM. 2021; 384: 2124-2130

2021年6月3日NEJM掲載の報告。

ノルウェーからの報告で、13万2686例がChAdOx1の初回接種を受けて、10日以内に32-54歳の健康な医療従事者5名が特異な部位の血栓症と重度の血小板減少症を発症し、そのうち4例は脳内出血をきたし3例が死亡した。

症例1. 37歳女性。接種1週間後に頭痛を発症し、翌日救急外来受診した。発熱と頭痛が持続し、重度の血小板減少症を認め、頭部CTで左横静脈洞およびS状静脈洞に血栓を認めた。低用量ダルテパリンの投与を開始したが、翌日に小脳出血と脳浮腫を認め、血小板輸血と減圧開頭術を行うも、術後2日目に死亡した。

症例2. 42歳女性。接種1週間後に頭痛発症し、3日後の救急外来受診時には意識レベル低下。横静脈洞とS状静脈洞の静脈血栓症と、左半球の出血性梗塞を認めた。手術、ダルテパリン投与、血小板輸血、メチルプレドニゾロン、免疫グロブリン静注が行われたが、2週間後に頭蓋内圧上昇および重度の出血性脳梗塞により死亡した。

症例3. 32歳男性。接種1週間後に背部痛を発症し救急外来受診した。喘息以外に既往歴はなかった。重度の血小板減少症と、胸腹部CTで左肝内門脈および左肝静脈の閉塞と、脾静脈、奇静脈および半奇静脈に血栓を認めた。免疫グロブリンとプレドニゾロンで治療し、12日目に退院した。

症例4. 39歳女性。接種8日後に腹痛、頭痛で救急外来受診した。軽度の血小板減少症、腹部エコー正常により帰宅するも、2日後に頭痛増強で再受診。頭部CTで深部および表在性大脳静脈に大量の血栓と、右小脳出血性梗塞を確認。ダルテパリン、プレドニゾロン、免疫グロブリンで治療し、10日後に退院した。

症例5. 54歳女性。ホルモン補充療法中で、高血圧の既往あり。接種1週間後、左半身片麻痺等の脳卒中症状で救急外来受診した。造影CTでは体的な浮腫と血腫の増大を伴う脳静脈血栓症を認め、未分画ヘパリン投与後に血管内治療により再開通したが、右瞳孔散大が観察され、ただちに減圧的頭蓋骨半切除術を行うも、その2日後にコントロール不能の頭蓋内圧上昇がみられ治療を中止した。

免疫学的検査および血清学的検査等の結果、5例全例に共通していたのは、血小板第4因子(PF4)-ポリアニオン複合体に対する高抗体価のIgG抗体が検出されたことであった。しかし、いずれの症例もヘパリン曝露歴はなかった。

アストラゼネカ社の新型コロナウイルスワクチン接種後のワクチン誘発性免疫性血小板減少症に対する免疫グロブリン療法による治療転帰:NEJM

Bourguignon A, et al. NEJM. 2021 Jun. 9

2021年6月9日NEJMに掲載の報告

カナダで確認されたChAdOx1接種後のVITT3例に対するIVIg療法の効果について報告。

3例はいずれも動脈血栓症で63-72歳と高齢である(カナダが若年でVITTリスクが高い報告に基づき55歳以上をChAdOx1投与対象としていたため)。3例のうち1例は女性。

2例が四肢動脈血栓症、3例が脳静脈および脳動脈血栓症を発症した。

3例全例で1つ以上の動脈血栓症を発症したため高齢のVITT患者で動脈血栓症を発症しやすい可能性が推察された。

またヘパリンおよびPF4に対する血小板活性化のパターンは様々で血清におけるVITTの徴候は不均一であることが示唆された。

症例1. 72歳女性で既往歴なし、接種7日後に左下肢痛と跛行を発症し、8日後に入院となった。画像診断で左浅大腿動脈と深部大腿動脈の閉塞、腹腔動脈と右腓骨動脈の部分的血栓を伴う副腎血栓を認めた。HITは疑われなかったことから未分画ヘパリンの投与を開始し、3日後に外科的側線摘出術を施行した。その頃にVITTが疑われ、アルガトロバン投与を開始するも5日間で血小板数の増加を認めず、高用量IVIgを開始となった。その後血小板数は増加しアピキサバン投与で退院となった。

症例2. 63歳男性で心血管リスク因子および血栓症の既往歴なし。接種18日後に左下肢けいれんを認め、その4日後に急性呼吸困難を発症。翌日に左脚の疼痛と冷感を見とめた。接種24日後に救急外来受診、造影CTにて左下肢急性動脈血栓症と広範囲の肺塞栓症を認め、低分子ヘパリンのtinzaparinを投与し、外科的塞栓摘出術を施行。下肢静脈エコーで非閉塞性の右膝窩静脈の深部静脈血栓症を認めた。VITTが疑われたため、ヘパリンからフォンダパリヌクスへ変更するとともにIVIG投与。その後、新たな血栓症は発症しなかったが、下肢遠位部の血栓残存のため足尖部の虚血性壊死となり、本報告時点では下肢切断術の待機中。

症例3. 69歳男性。2型糖尿病、高血圧症、閉塞性睡眠時無呼吸症候群、前立腺がん(最近診断されステージはまだ不明)の既往あり。血栓症の既往なし。9ヵ月前に経カテーテル大動脈弁置換術を受けた際にヘパリンが投与され、その後1日1回アスピリン(81mg)を服用中。接種12日後に、頭痛と混乱状態、進行性の左半身脱力を主訴に入院。入院3日目に左半身脱力の増強、出血性変化を伴う右中大脳動脈梗塞が確認され、VITTと診断した。さらに、右内頸動脈、右大脳横静脈洞とS状静脈洞、右内頸静脈、肝静脈、下肢遠位部静脈に血栓を認め、肺塞栓症も発見された。フォンダパリヌクスとIVIGで治療し、片麻痺は持続したが新たな血栓症は認めなかった。その後、血小板減少症が再発しIVIGを追加投与。その後、接種後47~62日の期間に血漿交換療法を13回行い、徐々に血小板数は回復し正常化した。

同じアデノウイルスベクターワクチンのJansen/J&Jのワクチンでも血栓症の報告あり:JAMA

See I, et al. JAMA. 2021 Apr 30

米国疾病予防管理センター(CDC)からワクチン有害事象報告制度(VAERS)の報告書をもとに明らかにしたもので、12例について報告されました。12例は年齢が18-60歳未満で全員が白人女性、接種から発症までは6-15日であった。11例で初期症状は頭痛で、調査時点で3例が死亡していた。2021年2月に緊急使用許可を得て700万回の接種のうち6例に脳静脈血栓症と血小板減少症を認めたため、4月13日に一時的に接種中止となっています。

12例中7例に脳内出血、8例に非脳静脈洞血栓血栓症が認められ、11例全例でヘパリン血小板第4因子HIT抗体が陽性であった。

12例全例が入院し、10例はICU管理、3例が死亡した。

追加情報:アストラゼネカ社の新型コロナウイルスワクチンの副反応に毛細血管漏出症候群を追加

毛細血管漏出症候群は毛細血管から液体が漏出し、四肢浮腫、低血圧、血中アルブミン低下などが生じ腎不全などを引き起こす疾患。

欧州医薬品庁の安全委員会・ファーマコビジランス・リスク評価委員会が発表しました。

なかなか聞き馴染みのない疾患ではありますが、一応リスクとして追加をしておきます。

おわりに

まだまだ詳細な情報はわかりませんが、アストラゼネカ社含めたアデノウイルスベクターワクチンの特徴か、この種類のワクチンでは稀な副作用ではありますが血栓症・血小板低下が生じる可能性があります。

本邦では使用承認は得ていますが、ファイザー/バイオンテック社やモデルナ社のワクチンでの接種が回数が十分にあったことから、輸入したアストラゼネカ社製ワクチンは他国へと供給されています。

昨日に大規模接種センターや職域接種の申請を一時休止にする旨が発表されました。しかし、これを受けてアストラゼネカ社のワクチンを使用し始めるという話も本日あり、60歳以上が対象となるようです。4つ目にあげた報告のカナダでは55歳以上を対象にしています。

この特異な副作用のあるワクチンの立ち位置は?と考える人も多いでしょう。一つはmRNAワクチンや基材のPEG(ポリエチレングリコール)でアレルギー歴のある方のコロナウイルスに対する予防接種の選択肢としての立場が考えられます。また輸送や保管に特殊な条件を必要としないため、管理がしやすいこともメリットではあります。

結局はメリット・デメリットをどう考えるかという個人の考え方によります。報告されたものを取り上げたため多く感じるかもしれませんが、何千万回のうちの2桁人数の発症と頻度は比較的稀な印象です。

私個人の現時点での見解では若年女性には避けたいという印象ではありますが今後の報告によりより厳しくなったり意見が変わるかもしれません。

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この記事を書いた人

首都圏で消化器内科医として臨床に携わり、消化器内科や医学一般について、医療者の生活についてなどの情報を発信しています。

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